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最高裁判所大法廷 昭和27年(あ)6010号 判決 1953年7月22日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中刑期(原審の未決勾留日数で法律上通算される日数を除いた残余)に満つるまでの日数を本刑に算入する。

理由

弁護人上田誠吉の上告趣意(後記)第一点について。

所論は、原判決が憲法三二条に違反するというけれども、その実質は、控訴趣意の一部につき判断を遺脱した違法があるとする単なる訴訟法違反の主張に帰着し、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。(なお、論旨第二点及び第三点に対する判断参照)

同第二点について。

原判決が証拠とした所論「出入国管理庁審判調査第三課作成の検察官に対する解答書」(正確には、同課から千葉地検渋佐検事に対する回答電信の翻訳書)の内容が所論のとおりであることは相違ないが、これにより被告人が従来日本に居なかったことが推認できるから被告人の第一審公判廷における詳細な自白に対する補強証拠としてはこれを以って足りるものということができる。従って、被告人の第一審公判廷における自白と前記書面とによって、本件密入国の事実を認定した原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第三点について。

憲法三九条は、同一の犯罪につき、わが国の憲法による裁判権によって二重に刑事上の責任を問うことを禁じた趣旨と解すべきである。すなわち、同一事実についての前の裁判と後の裁判とが、共にわが国の裁判権にもとずくものである場合にはじめて、憲法三九条の定める二重問責の禁止にふれるものといわなければならない。しかるに、占領軍軍事裁判所は、連合国最高司令官によって設立されたもので、その裁判権は同司令官の権限に由来し、わが国の裁判権にもとずくものではない。従って、すでに占領軍軍事裁判所の裁判を経た事実について、重ねてわが裁判所で処罰することがあっても、憲法三九条に違反するものとはいえないのである。

仮りに原判決に少数意見のいうがごとき法令違反があるとしても、本件については当審における未決勾留日数を本刑に通算し執行すべき残刑がなくなったのであるから、本件においては職権をもって原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない。

よって刑訴四〇八条、刑法二一条により、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官栗山茂、同小谷勝重、同藤田八郎、同谷村唯一郎の少数意見を除く、裁判官一致の意見によるものである。

栗山、小谷、藤田、谷村各裁判官の弁護人上田誠吉の上告趣意第三点に関する少数意見。

多数意見が原判決の処罰を以て、憲法三九条後段所定の二重処罰禁止の原則に反するものでないとして論旨違憲の主張を排斥したことは正しい。

しかしながら、原判決の処罰するところの被告人の行為については既に軍事占領裁判所において有罪の判決を受けその刑の執行を受けたものである。すなわち、被告人は、昭和二六年(一九五一年)三月一五日東京一般憲兵裁判所(General Provost Court at Tokyo)に「占領軍の安全に有害な行為」なる罪名の下に、左記四つの具体的事実(Specification)について起訴せられ

1  一九四九年八月頃から一九五〇年九月頃までの間、占領軍及び日本警察に関する情報収集を他の者と共謀したこと。

2  右期間に占領軍及び日本警察に関する情報収集をしたこと。

3  一九四九年八月頃占領軍及び日本警察に関する情報収集の目的で不法に日本に入国したこと。

4  一九五〇年四月頃占領軍及び日本警察に関する情報収集の目的で不法に日本に入国したこと。

同裁判所は審理の結果、昭和二六年(一九五一年)七月二〇日右各事実の全部につき有罪認定を宣告し、ついで翌七月二一日懲役一〇年及び罰金五千ドルの刑を言い渡した。右裁判は上級占領機関の承認を経て確定し、被告人は東京拘置所、千葉刑務所などで服役していたが、昭和二七年四月二八日平和条約発効と同時に釈放されたものである。しかるに、日本検察当局は右釈放後ただちに逮捕状により被告人を逮捕し、その後勾留され本件の起訴に及んだのであって、本件起訴にかかる事実は、

被告人は朝鮮に国籍を有する外国人であるが昭和二四年八月下旬頃連合国最高司令官の承認をうけないで朝鮮元山より隠岐島を経て鳥取県境港に上陸し、以て不法に本邦に入国したものである。

というに在り、原判決は右犯罪事実を認定して、被告人に対し懲役六月の刑を言渡したものであって、以上の事実関係は、本件記録及び取寄せにかかる軍事裁判所記録収容者身分帳簿により明らかである。

して見れば、本件起訴にかかる事実は、前記軍事占領裁判所で、有罪の認定を受けた「具体的事実」3の不法入国の事実と同一であるといわなければならない。前者は情報収集の目的で不法入国した点において、「占領軍の安全に有害な行為」とされたのであるが、後者はその不法入国の事実をとらえて起訴したものであって同一行為に対する二重処罰の関係に立つことは明白である。(強盗の目的で住居侵入した事実を強盗未遂として処罰した後に、その住居侵入のみを更に起訴して処罰することは、いわゆる二重危険禁止の原則に触れるものであることは何人も疑わないであろう。)

かくの如き場合、軍事占領裁判所は、刑法五条にいわゆる外国の裁判所を以て目すべきものであるから、憲法三九条違反の問題を生じないことは前述のとおりであると同時に、その二重処罰の関係においては同条但書の適用を見るべき場合であるといわなければならない。しかして、同条但書に該当する場合においては、裁判所は、その認定にかかる犯罪事実について、刑を宣告した上、さきに、外国裁判所(本件の場合は軍事占領裁判所)において同一事実について言渡され、かつ執行を受けた刑を考慮して、右宣告刑につき刑の執行を減軽、又は免除する旨の言渡をしなければならないものと解するを相当とする。(当裁判所昭和二四年(れ)第二五三六号、同二五年三月七日第三小法廷判決が刑法五条但書の場合について「ただ場合によりその宣告刑の執行を減軽又は免除されるに過ぎないのである」とし、同事件における二重処罰に当る事実について、「原裁判所がこの点について判断を示さなかった」のを違法でないとしたことには賛同し難い。かくの如き事実が明らかにされた以上、原審としては必ず、--当事者の主張いかんにかかわらず--刑の執行の減軽若しくは免除の判断を判決の主文において明示しなければならないものと解すべきである。)

しかるに、原裁判所が原審において、弁護人から右二重処罰に関する事実上の主張があり、かつ、かかる事実関係は本件記録上これを窮知し得るにかかわらず、刑法五条但書の規定に従って、刑の執行の減軽又は免除の言渡をしなかったことは違法であると云わなければならない。(若し又、本件起訴にかかる事実と、軍事占領裁判所において処罰された事実との間において、その同一行為なりや否やについて疑ありとすれば、原裁判所としては、その点の審理をつくすべきものである。)この違法は、被告人の科刑に重要な影響を及ぼすべきものであり、刑訴四一一条所定の原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合に該当するのであるから原判決は同条により、これを破棄すべきものと思料する。

霜山、小林両裁判官の多数意見に対する補足意見は次のとおりである。

原判決が本件につき刑法五条但書の規定に従って刑の執行の減軽又は免除の言渡をしなかったことが違法でありそれが刑訴四一一条一号にいわゆる判決に影響を及ぼすべき法令の違反であることは栗山、小谷、藤田、谷村裁判官の意見と同一である。しかし本件につき当審における未決勾留日数を本刑全部に通算し執行すべき残刑がなくなったのであるから原判決に右の違法があっても原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないので結論において多数意見と同じである。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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